尾張名古屋は城で保つ、というのは歌の文句、伊勢音頭の歌詞だ。
正調の伊勢音頭を聞いたことがなくても、このフレーズはきっとご存じのはず。
今も名古屋の真ん中に巨大天守がそびえ、日本三大名城に数えられる名古屋城。
では、この名城は、いつ、誰が、何のために、どうやって建てたのか?
実はそこを押さえておくと、戦国史の一頁がストンと手の内に収まるのだ。
そんなことを想いながら歩いてみた桜満開の名古屋城の巻である。
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名古屋城 (大天守 復元): 愛知県名古屋市中区本丸1-1→Map  日本百名城 No.44
別名:蓬左城、金城 築城:慶長15年 築城主:徳川家康 梯郭式平城 (撮影2017年4月)

いつ、誰が?
名古屋城の築城開始は慶長15年(1610年)、築城を命じたのは徳川家康
天下分け目の関ヶ原の戦い(1600年)で石田三成率いる西軍に勝ち、征夷大将軍となった家康
は本拠の江戸城と、その後大御所政治の拠点となる駿府城をともに天下普請で大改修した。
天下普請とは徳川幕府が諸大名に命じて行わせた土木工事のことで、家康に従うという武将
の忠誠心を試し、経済的負担を負わせて力を削ぐという徳川らしい嫌らしい手法のことだ。

何のために? 
関ヶ原後の家康の願いは、ただただ徳川家の繁栄と安泰であり、奪い取った天下を再び奪い
返されないための対策を尽くし続けたと云っても良い。
関ヶ原直後の1601年から十年ほどの間に、膳所城(ぜぜじょう)、二条城、加納城、彦根城、
丹波亀山城、伊賀上野城などをすべて天下普請によって築城または改修させている。
これらの城を俯瞰してみると、これは大坂城をぐるりと取り囲む配置となっている。

当時、大坂城には豊臣秀吉の遺児秀頼がいて豊臣恩顧の大名と共に天下を奪い返しに来る
恐れが充分にあった。 それを押さえるための一連の築城だったが、その仕上げとして万一
包囲網が破られ、西軍が江戸を目指したときこれを東海道で迎え撃つための城。
それが名古屋城だったのだ!名古屋城は江戸を守る最後の防波堤だった!

どうやって?
もちろん名古屋城も天下普請によって建てられたのだが、関ヶ原当時、尾張の中心は清洲
で、清洲城は豊臣恩顧の福島正則の居城だった。
家康はまずはこの煙たい男、正則を安芸(広島)へ移封つまり追っ払って四男松平忠𠮷、
ついで九男義直を清洲へ入封させている。
その後1609年、かつて今川氏の居城で、その後織田信秀が奪い取った那古野城の位置に、
城だけではなく町ごと形成する大事業として名古屋築城を命じたのだ。
普請奉行は当時の築城エキスパートだった佐久間政実、滝川忠征ほか。
豊臣恩顧の諸大名20家が駆り出されている。加藤清正の石垣普請での尽力は有名だ。 
さらに清洲を町ごと移住(清須越し)して、慶長17年(1612年)頃にほぼ完成をみた。
江戸と同じく名古屋の基礎を築いたのは、(好むと好まざるにかかわらず)徳川家康だ!

その後は?

ご存じのとおり家康は悪知恵を最大限に働かせ、大阪の陣で豊臣家を滅ぼし徳川安泰の世を
築き上げた。慶長12年には徳川義直が初代尾張藩主となり、尾張徳川家は御三家筆頭として
威光を放ち十七代で明治維新をむかえている。

天守炎上 
維新後も多くの遺構を残していた名古屋城(当然国宝)だったが、昭和20年(1945年)5月の
米軍による無差別空爆により 大天守、小天守、本丸御殿、本丸御殿などを焼失した。
(一般市民の居住地区になんてことするんだ!!ばかやろうめ)

天守再建 
昭和34年(1959年)に鉄筋コンクリートで天守が再建され今に至る。
 2008年より本丸御殿の再建工事が始まり、現在は一部公開中で2018年の完成予定である。 
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というようなことを、思い出しながら名古屋城を歩いてみたら如何かな?
単に名古屋の金のシャチホコで有名なお城、天守のてっぺんまで登ったぞ!
ではなく、天守はもちろん堀や石垣の一個まで違った見え方になるかもよ。
と、以上は城歩きカメの勝手な城郭酔夢譚!なので無知、思い違いによる瑕疵については
ノークレームノーリターンでお願い申し上げまする。
特に徳川家に恨みなどはござりませぬ。 
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外堀 
正門からいきなり城内へ入らず、外堀に沿って時計逆回りに一周してみる。
二の丸の石垣が続き桜が美しい!だが城は攻めて見よ、守って見よである。
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北西隅櫓
御深井丸(おふけまる)西北隅に建つ現存の三重櫓。かつての清洲城天守を移築した
とも云われ清須櫓とも。他の城の天守より大きい櫓である。 _RSD0152
鵜の首天守
西の丸と御深井丸の間の細く入り込んだ堀。防衛上の構造構造でこれを鵜の首という。
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西南隅櫓(坤櫓)天守

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大天守橋台
大天守と小天守を橋台で結んだ連結式の天守。
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内堀東南隅櫓

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やはり満開の桜と石垣に惹き付けられる登城だった。
ところで名古屋市では老朽化した天守の 再建計画が進行中で、木造による再建案もある
という。今回ひさしぶりに天守に上がってみて思うに、この巨大な天守の木造再建、
費用対効果の点からもちょっと心配である。
次から次に訪れる多くの観光客を眺めていると、城の構造などほとんど誰も見ていないし、
維持管理費も嵩みそうかな、とは要らぬ心配だが、名古屋のことは名古屋に任せるという、
いつものスタンスでお茶を濁しておこう。

じゃぁ また